被爆体験を語り継ぐ会~忘れてはならない歴史の証言~
8月8日、被爆二世教職員の会とピース・ウィーク実行委員会の主催で「被爆体験を語り継ぐ会~忘れてはならない歴史の証言~」が開催されました。

今年の証言者は、広島で10歳の時被爆した下蓮玉さんでした。
「わたしの被爆体験とそれから」と題した証言では、戦後祖国に帰国、生活苦と被爆後の後遺症に苦しみながらも、1975年に大牟田の被爆者の会の招きで来日し、長崎原爆病院で入院治療を受けることが出来た事を支援者への感謝の言葉とともに語られました。
また、裁判で勝訴したことで健康管理手当等を韓国国内でも受給できるようになり、在外被爆者救済の第一歩がはじまった事など、時折涙を浮かべながらも若者に語りかけるような率直な語り口で、聴くものの心を揺さぶりました。
当日はその他に韓国原爆被害者協会・前会長で在外被爆者・大阪裁判原告の郭貴勲さんと同じく長崎裁判原告の李康寧さんの遺族、長男李太宰さんが参加。
郭さんは、在外被爆者対策について2つの未解決問題を指摘、
(1)現在医療費は全額保障ではなく上限が約14万円、それ以上になると原爆手帳を持っていても日本国内と同様の保障がないために経済的負担が生じていること、
(2)原爆手帳申請の来日要件が依然としてあるために高齢の被爆者は申請したくても健康上の理由で日本に来られないこと、韓国内には約400人の被爆者がそのために手帳が取得できない深刻な現状が存在していること、「被爆者はどこにいても被爆者」でありこの未解決問題を何としても解決しなければとあらためて訴えられました。
当日は、日本の高校生だけではなく韓国やフィリピンの高校生も多数参加。恐らくこのように一堂に会するためには様々な人の努力の積み重ねがあったと思いますが、みていると違和感なく自然に手と手がつながって長崎の地に国境を越えてアジアの高校生が集ってきたように思われてなりませんでした。
関係者の皆さんのこれまでの活動の確かな成果がここでも現れていて、これからも連帯の輪がさらに拡がることを期待しています。
【補足】被爆体験を証言した下蓮玉さんの下(ビョン)の字は横棒の上に点が付きますが、ホームページの画面で表示することが出来ませんので「下」の字を当てました。ご了承下さい。
