(社)日本リウマチ友の会長崎支部30周年記念大会
10月27日、(社)日本リウマチ友の会長崎支部30周年記念大会が長崎市内のホテルで会員をはじめ九州各支部の会員の皆さんが参加して開催されました。
長崎支部(支部長大場陽子氏)は、全国で33番目の支部として昭和52年(1977年)に発足し、今年で30周年を迎え、節目の年を記念して開催されました。
支部長挨拶では、友の会発足の経緯、医療と患者を結びつける患者会活動の大切さ、生物製剤の開発でリウマチ治療に明かりが見えてきたこと、誰でも安心して最良の医療が受けられる制度の重要性等について触れ、そして最後の締めくくりの言葉は、「明日に希望を、明日は今日よりきっといいことがある」で終わりました。
長崎県知事・長崎市長の代理挨拶に続き、(社)日本リウマチ友の会会長長谷川三枝子氏のお祝い挨拶は、昭和52年から患者の皆さまに寄り添っての活動への敬意の言葉、患者にとって一番大切なことは、医師をはじめ医療関係者のサポート、患者が声を出して、医療・福祉・介護のより良い環境をつくっていくこと、離島部などより良い医療を提供できない人々への支援に尽力してもらいたい、社会保障制度のこれ以上の後退を許さないために頑張りましょうと心のこもった内容のものでうたれました。
2人の会員の方の体験発表がありました。五島からの方は、五島の患者は、リウマチ専門医が不足し、また新薬の治療の機会もなく満足な医療を受けられないので、福江港を利用して長崎市まで治療に行かなければならない、しかし、福江港には障害者用の駐車場がなかったが新ターミナルが完成した時やっと出来たのが桟橋から遠く離れた場所、最初にお願いした時もあなたの我儘といわれ、また今回桟橋に近いところをとお願いしたら、50メートル歩くのも、200メートル歩くのも同じでしょうと取り合ってくれなかったこと、桟橋に近い駐車場の設置をお願いしたいこと、そして最後に夢を語ってくれました。五島でリウマチ医に診察を受けたいこと、このように不自由な地域があることを心の片隅においていただきたい、これからも明るく生き抜いていきたいと。
長崎市内の方は、「いつでも夢を」がモットーで、自分を支えてくれたのは、友の会の仲間です。俳句を読むこの方は、昨年「夏掛」というタイトルの句集を上梓し、当日2句紹介がありました。・問診票激痛に丸つけて梅雨・夏掛に鼻までうづめ病めば泣くでした。最初の句は、リウマチの痛みは激痛に決まっているじゃないの!なにを今更書かせるの!との心境を詠んだとの解説があり、じんときました。
長年にわたり、友の会活動を支えてこられた、整形外科医の三原茂先生への感謝状贈呈もありました。記念療養講演では、久留米大学医学部付属医療センター・リウマチ膠原病センター診療科長福田孝昭先生が「リウマチ治療 昔~今」の演題で、バイオ技術による生物製剤の開発による治療の最前線のお話を伺うことが出来ました。
懇親会では、長崎支部の会員が知恵を出して、おくんちの蛇踊に挑戦、「もってこーい」の声が何回も飛び出すほど拍手喝さいでした。
最後に、私と友の会の関わりについて一言。
原爆病院在職中に、リウマチ専門医の田口厚先生から、友の会を作りたいので事務局引き受けてくれないかとの声がかかり(1)患者会活動は、福祉・医療制度の前進に大きく貢献してきたことから、福祉の仕事をしている私たちこそお手伝いをしなければならないと思ったこと(2)母方の祖母が私のお産の手伝いに来ていた52歳の時発病、身をもってその苦しみを知っていること等で引き受けたことが出発でした。
それ以来、折にふれお付き合いさせていただいています。高価な生物製剤、専門医の不足、離島医療、バリアフリーの町づくり等課題は山積しています。これからも共に課題解決に向けて歩んでいきたいと思っています。
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