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朴ミンギュさんを偲んで

朴ミンギュさん追悼集に寄せた中村すみ代の追悼文


朴ミンギュさんを偲んで  長崎市議会議員 中村すみ代


朴ミンギュさんを偲んで 昨年の11月21日、朴さんが80歳で亡くなってからやがて1年が経とうとしています。しかし正直、今でも、銭座界隈を歩いていると、自転車に乗った朴さんとすれ違うのではないかと錯覚を起こしそうな時があります。

 朴さんの住居は、JR長崎駅に程近い御船蔵町、私の住居も銭座地域ということで銭座市場での買い物帰りの朴さんによく出会っていたからです。朴さんは、いつでもどんな時でも「中村さん、元気ですか?」と笑顔を絶やさず、朴さん独特の枯れたしかし力強い声で、私を気遣い励ましてくれました。時には、握手をすることもありました。私も負けずに「朴さんもお元気でいらして下さい」と大きな声で応えたものです。

朴ミンギュさんを偲んで 朴さんは、朝鮮人被爆証言者として修学旅行生をはじめ多くの方々に、戦争や被爆体験を語り続けてきました。朴さんの反戦と平和への熱い思いは、聴くものの心をゆさぶり胸を打つものでした。また、朴さんの悲願は、南北朝鮮の自主的統一と朝日国交正常化実現でありました。今日、朝鮮半島をめぐる動きは、米朝関係が緩和に向かい、先日は、2回目の南北首脳会談が行われる等、生前、朴さんが願っていた祖国統一に向けた動きが進んでいます。来年の2月には、米朝の文化交流・民間交流の一環としてニューヨークフィルの平壌公演が実現しそうです。

 しかし、残念なことに、我国は「拉致」と「制裁」を中心とした外交姿勢を転換するどころか、10月13日で期限切れになった「経済制裁措置」の継続を決定し、世界の流れに逆行し、北朝鮮外交は孤立を深めています。しかし、朴さんの悲願でもあった朝日国交正常化は、私たち日本人にとっても国の未来がかかっている重要な問題であります。最近特に、その実現こそが、朴さんを真に追悼することになるのではないかとの思いを深くしています。そのためには、日朝国交正常化を望む全ての人々が連帯して、一日も早くその実現のために行動を起こさなければと思っている今日この頃です。

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